残雪期 栂海新道縦走

  • 日時:2019年5月1日~5日
  • メンバー:K田、A山、M野、K子
  • ルート:栂池~小蓮華山~三国境(幕)~雪倉避難小屋(泊)~雪倉岳~朝日岳~吹上のコル~アヤメ平(幕)~サワガニ山~栂海山荘~白鳥山小屋(泊)~尻高山~親不知

今年のGWは史上初の10連休ということで長い縦走を計画しようと年明けから色々なルートを検討し始めた。例年は奥多摩など雪のない山域が多かったのだが、今年は雪のあるルートに初めて挑戦することにした。昨夏に蓮華温泉~朝日岳に行った際に、栂海新道に向かう多くの登山者とすれ違い、いつか自分も・・・と思ったのも今回の行先を決めた理由の一つかもしれない。

ヤマレコを検索してみると残雪期の記録が思ったほど多くなく、人の少ないルートというのも魅力的に思えた。多くの人が3泊4日で歩いており、今回は予備日を加え5日間とし、連休最終日は家で休みたいので5月1日~5日とした。

いざ計画を考え始めると、雪山装備の重荷への対策、冬靴での長時間歩行、栂池周辺の雪崩が当初から気がかりだった。重荷に関しては、主食は全てアルファ米とし個人で持参、ショベルも共同装備とし(直前に個人装備に変更)、酒もいつもに比べ大幅に削ったが、結局、酒は3日でなくなり皆から分けてもらうことに…。雪山の経験不足については可能な範囲で会山行に多く参加し、残雪期縦走を下見を兼ねた山行にしたかったのだが中止になったため、代わりに長沢背稜を冬靴で歩けたので直前の歩行練習とした。

メンバーも雪山装備で長時間歩行が可能な縦走好きというと、かなり限定されるので今回の4人で良かったと思う。特に金子さんは本人の努力に尽きるが、昨年から重荷での縦走にも慣れてきて、無雪期であればほとんど不安の無いレベルになったと思う。

4月下旬からはずっと天気予報を気にしていたが、連休後半の5月2日が気温低下と強風のため天候次第では停滞が予想されたが、3日以降天候は回復に向かうため予定通り、30日新宿発の深夜バスで栂池に入ることとした。

1日目(5月1日)

予定より早く6:00過ぎには終点の栂池駐車場に降ろされる。雨であれば出発時間を遅らせ白馬大池までと決めていたのだが、雨も何とかもちそうなので8:00のゴンドラで上がることにした。ゴンドラ乗り場には大学のワンゲルと思しき冬山装備の5人ほどの若者とBCの方々、そしてなぜか自然園散策の長靴装備の夫婦が集まっていた。山行計画を提出してゴンドラのチケットを購入、自然園駅でレクチャーを受けて入山となった。

今日は三国境での幕営を予定しているため、白馬大池には向かわず自然園から船越ノ頭へ直登するルートをとった。リフト乗り場ではトレースはあるので大丈夫との話だったが、ほとんどのトレースはスキーヤーの滑り降りてくるもので、頼りにはならず地図を見ながら雪崩のリスクの少なそうな斜面を選んで進む。それでも稜線直下は結構な斜度になり、稜線に上がった時は14:00を回っていた。

その後、雨もポツポツと降り出し、小蓮華山を通過するころにはかなり風も強くなってきた。16:30に三国境に到着し、風よけのブロックを積みテントを張った。夜半から強風、雪も降りだし翌日は白馬を往復してから雪倉へと話していたのだが、白馬へは行かないこととした。

2日目(5月2日)
5時起床するも悪天のため停滞を決める。しかし4-5人用テントに冬装備で4人はさすがに窮屈で、雪倉岳避難小屋まで移動して停滞することとした。
積雪は5cm程度だが、風が強く地吹雪でホワイトアウトの状況。強風下で凍り付いたテントを撤収し、GPSを頼りに雪倉岳への分岐を目指す。分岐に辿り着くまで数回行ったり来たりをして何とか正規ルートへ入る。その後も鉱山道分岐までは先の見えない状況が続き、結局どこが鉱山道の分岐だったのか良く分からなかった。


その後、鉢ヶ岳の巻道に入ると、ちょうど風裏になり一息つけるようになった。この頃には雲がとれ晴れ間がでて、先を見通せるようになった。鉢ヶ岳のトラバースは斜度はそれほどでもなかったが、踏み跡が無く比較的長いため久しぶりに緊張した。


11:00無事に雪倉岳避難小屋に到着。入口付近に雪は無いが、扉が凍り付いておりピッケルで固まった雪をほじり、なんとかこじ開けた。その後も他のパーティーは来ず貸切状態で使えた。中に入ってみると手前は雪で埋もれており、比較的雪の少ない奥の部屋を除雪してテントをはった。
小屋の中にトイレがあり、ザックも外に置けるし非常に快適だった。ところで昨日は曇っていたので日焼け止めを塗り忘れて顔が大変なことに…油断大敵ですね。15:00過ぎから宴会を開始し18:00には就寝。明日は5:00出発とした。

3日目(5月3日)
今日は午前中までは風は強いが引き続き晴れるとの予報。雪倉岳に6:30に登頂。山頂で携帯の電波が通じたためO村さんに5日下山することを伝える。雪倉岳を越えると踏み跡が出てきてそれに従って朝日岳を目指す。標高を下げるにしたがって風も収まり、晴天となった。


朝日岳の麓でテント泊した跡があり、新しいトレースもあった。それに混じって迷走しているトレースがあり、よく見ると熊の足跡だった。しかも新しいもので、笛を吹きながらその場を速やかに通過した。その後、順調に進み朝日岳に登頂、吹上のコルに12:45着、そこからいよいよ栂海新道が始まった。幕営地のアヤメ平には14:30に到着した。

4日目(5月4日)
今日は白鳥避難小屋までの最も長い距離を歩く。ここから標高が下がり、日差しも強くなり、残雪期の様相。雪庇や踏み抜きに注意しながら進む。一部夏道が出ている区間もあり、雪とのミックスが思いのほか気を遣う。


犬ヶ岳を越えて栂海山荘には何とか12:00過ぎに辿り着く。この後、白鳥山まではいくつものアップダウンが更に体力を奪っていく。
気温が上がり上着を脱ぐが汗が止まらない、そのうち水が足りなくなり雪を食べながら歩くがバテてしまう。先頭をA山さんに交代してもらい、最後尾から休みつつゆっくり歩く。最終的に白鳥避難小屋に到着した頃には18:00を回っていた。小屋には我々以外に2階に2人、1階に1人。ところで2階の2人組は3日に白馬主稜をやり、朝日岳の麓で幕営、4日に白鳥避難小屋までというエキスパートの方でした。それにしても今日は疲れた…ここまでくれば明日は下山するだけだ。

5日目(5月5日)
他のパーティーは4:00に出発していったが、我々は5:00過ぎに出発。今日はお昼過ぎに親不知に下山の予定。同宿の人ものと思われる踏み跡を辿って、順調に下っていく。ひたすら尾根を歩いていけばいいのだが、シキ割の先で谷筋を通るところで踏み跡を追って正規ルートを外れてしまった。踏み跡は先に続いているのだがどう考えても道でなく、途中まで降りたところで道間違いに気づく。多少の藪漕ぎの後、坂田峠で登山道に復帰。
坂田峠から先は完全に夏道となり、雪もないためここでアイゼンを外す。標高が下がり、天気も良く無風ということで一気に暑さが襲ってくる。坂田峠から先、地元のハイキングの方とすれ違うようになり、右手には日本海が見えてくる。途中、ブナの原生林が日差しを浴びてとてもきれいだった。海が見えてからも長く、なかなか登山口まで辿り着かない。本当はみんなで登山口にゴールしようと思っていたのだが、またしてもゴール直前で道を間違えて結局最後尾でのゴールとなった(情けない)。
親不知観光ホテルにザックを置いて、日本海まで階段をひたすら下っていった。海岸でみんなと合流し最終ゴールの喜びを噛み締めた。
その後、親不知観光ホテルで入浴、駅まで送迎してもらい、糸魚川駅から北陸新幹線の自由席で無事帰京した。糸魚川で寿司を食べる時間が無かったのが悔やまれる。

今回の縦走を振り返ってみると、今までで最も過酷な山行だったような気がする。日数やザックの重さもさることながら、天候の変化、雪の状況、地味なアップダウンがひたすら続くルート。4日目は途中でバテテしまい白鳥山まで届かないのではと本気で思ったし、最終日は気の緩みもあって道間違いをして更なる負担をかけてしまいました。

自分自身の事で精一杯になってしまいリーダーとしては反省すべき点も多かったように思います。でも、一人ではここまで来れなかったろうし、今回の4人だからこそ歩けたような気がします。やっぱりこういう縦走が好きなので、またぜひ一緒に行ってください。

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