リニア中央新幹線の現場「天生太郎と夢天生」南アルプストンネル山梨工区
あなたは今も飛騨高地に眠る夢天生(ゆめあもう)と天生太郎(あもうたろう)兄弟の物語を知っているだろうか?
リニア中央新幹線南アルプストンネル、大規模な自然破壊と利便性という相反する課題のバランス点をどこに見出すのかを考える時、私は地域の夢を担い地中深くに潰された彼らのことに思いを馳せずにはいられない。
夢天生2000(本坑)と天生太郎(先進坑)は東海北陸自動車道 飛騨トンネル(旧称天生トンネル、片側1車線)の掘削のために投入された世界最大のTBM(トンネルボーリングマシン)である。深度(土被り)1000m もの山岳地帯の地質調査は不可能、それは予測のつかない工事であった。
そこに投入された彼らは、後退の機能を持たない前進のみを宿命づけられたマシンであった。1000mの土被りからくる極めて高い土圧と水圧のなか、毎分70tという膨大な湧水を抜きながら彼らは掘り続けた。そして貫通まで残りわずかの地点で先ず水を抜き続けた天生太郎が、続いて夢天生2000が同じ場所で土砂に潰れた。再び動き出すことなかった彼らの体の一部はともに今もトンネルの構造として残され利用されている。
1996年先進坑掘削開始から10年近い時間をかけて全長約10kmの飛騨トンネル本坑は貫通した。1.7km掘り進むのに4年かかった区間もあり、工事の進捗が地質によって本当に大きく変わってしまうことが分かる。工事で発生した大量の残土(礫といったほうが適当か)の一部は、例えばトヨタ白川郷自然学校内で緑化の試みがなされている。
リニア中央新幹線南アルプストンネル、それは20世紀最後のビックプロジェクト言われた飛騨トンネルと比べても比較にならない全長、規模、深度のもので、かつ地盤の不安定な中央構造線を貫通するという不確定要素に満ち溢れた工事である。
現場となる地元では工事に関する十分な説明の無いなか、通過駅化しての人工流出、渇水、自然破壊などのリスクを抱えながらも、高速鉄道による地域活性化への夢を抱く。一方で工事の期間は予測がつかず、大本営発表はお笑い種としても、現実的には数十年かかる可能性もあながち否定できない。
その時、夢を説いた人たちはもうおらず、子や孫たちは終わることのない工事の意味を認識できない可能性すらあろう。そこに飛騨トンネル建設に見られた明確な目的と現実的なバランスな感覚はない。一部の指導者により客観的には勝算のない太平洋戦争へ突き進んでいった過去を、強引なリニア新幹線建設から想起する人まで実際いるのである。
2016年11月私はリニア中央新幹線南アルプストンネル山梨工区を訪れた。
糸魚川-静岡構造線の露頭で有名な新倉から近い、早川の流れのほとりにある現場は、まだ工事は始まったばかりで驚くほどひっそりとしており、前代未聞の難工事に挑戦する気合を込めた看板だけが目立っていた。
しかしその目的や本質に思いを向けるとき、むしろそれは空々しく感じられなくもなかった。我々は会長を先頭に、山を生き甲斐とする山屋として沢屋として、今後も客観的に工事と山や渓の変化を見届けていくだろう。
文責:今西