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2014-07

北穂高東稜と滝谷クラック尾根取り付撤退(2014年7月19~22日)

海の日の記念日の3連休は北アルプスへの山行を楽しんで来ました。3連休の天気予報はあまりよくなくて、前日の21時ごろまで行くか行かないか悩んでいた。結果、天気は初日に雨に降られたが、2日目以降は雨に降られることもなく、快適な登攀を楽しんで来た。

7月19日(土)朝、川崎を出発し沢渡を目指す。上高地へ着いても、重い荷物(ギアやロープ等)で心が折れ、足が前へ進まない。なんだかんだ言っては休み徳沢園ではカレーまで食べてしまうという余裕っぷり!この日は、雨に降ったり止んだりでレインウエアを脱いだり着たりがうっとおしい。髪の毛まですっかり濡れ、肩に食い込むザックの重さに嫌気がさした頃に涸沢到着。この日はテント泊の予定だったが、I井さんへ「小屋泊りにしませんか?」と頼む私。この日の小屋は快適だった。濡れたウエア類もザックもすっかり乾き、布団も1人1枚だし、疲れも癒され本当に快適だった。

 7月20日(日)明日、合流するI西さんとO方さんのためにテントを設営して、私とI井さんは北穂高東稜へ向かう。岩稜縦走は好きな分野だったのと、クライミングを始めたのもこういうルートを安全に歩くためだった。

当初、東DSCN0682DSCN0684稜の取り付きを心配していたのだが、南陵からの分岐点で準備をしていると、雪渓をトラバースしているパーティがいてしばらくその様子を見ていた。稜線歩きを長くするかどうかで必然的にルートが絞られると思う。我々は、初めてのルートなので前の組の踏み跡を追い東稜への取り付きへつく。雪渓をトラバースし簡単な岩場を登ると稜線にでる。ここからは、お楽しみの岩稜歩きが始まる。前日に雨が降ったと思うのだけど、岩は濡れている感じがしない。大きい岩がごろごろ転がる稜線の岩登りのレベルは、そんなに難しくなくどこでも登ることができる。
ゴジラの背の取り付き部分はスパッと切れ落ちているし高度感があっておもしろい。トゲトゲの最後は涸沢側に一旦身を晒してスラブを登るが、ここも特に問題はなし。その後、懸垂で東稜のコルに降りる。懸垂時に前のパーティに追いつき、新しくスリングを足したこと等を聞き、我々も使用させて頂くことにする。DSCN0693DSCN0688ガレ場で急な岩場を登り北穂高小屋に到着する。この小屋も予約の際「3連休はかなり混みます。」と言われ、どんな事になるかと思っていたのだが、天気予報が良くないため、30人ぐらいの泊り客だった。18時にI西さんと無線交信する。遮るものがないので、思っていた以上に無線の声がよく聞こえる。DSCN0698DSCN0696
 

 

 

 

 

  7月21日(月)いいお天気になり、ご来光も見える。AM5:30に北穂高小屋にI西さん到着。その後O方さんも到着してハDSCN0707ーネス等装着し、ヘルメットをかぶる。小屋のテラスから槍ヶ岳方面へ150mほど下ると「B沢入口」とペンキで書かれている所が取り付きの入り口だった。ここからのB沢の下降はガレ場というか超ガレ場だった。足元からザザザーーと岩が崩れ落ちて行く。人に石を落とさないように、上から落ちて来ないでって祈りながらの下降をしていた。(ここまでkano)DSCN0708

b沢下降には涸棚の懸垂下降が2箇所あった。最初の涸棚はチョックストーンがあり、左岸に懸垂支点があった。崩壊バンドの手前で懸垂下降があるとは知らなかったので、降りすぎたのでは?いや、ここが崩壊バンドか?と悩み心配になるが、どんなに捜してもバンドも高巻用のフィックスロープもないので下降を続けることにした。下降するにせよ堆石の状態が悪く残置支点まで行けないので、新たに右岸にピトンを打って足が滑っても支えられるように確保してクライムダウンした。しかしラストのO方氏が棚をほぼ降り終わったところで完全にテンションをかけたらピトンが抜け確保していたI西の脇を通り越して滑落していった。その下は傾斜が緩いので下まで落ちる事はないのだが、棚の上で落ちていたら大きな怪我をしていたかもしれない。肝を冷やした瞬間だった。その後もバンドを見落とさないように周囲を観察しながら、相変わらずの石雪崩に注意しながらさらにゆっくりと下降を続ける。登山道とb沢の下降DSCN0713をあわせると感覚的にはかなり下った気がするのだがなかなか崩壊バンドが出てこない。とうとう下には雪渓が立ちはだかるのが見えてくると二つ目の涸棚があった。ここにも残置の懸垂支点が今度は右岸側にあった。慎重に残置支点まで行き、ピトンを確かめる。かなり錆びて古いピトンだが効きは良いようなのでバックアップにスリングだけ足すことにした。ところがピトン間の間が離れているのでスリング1本では足りない。面倒なので同じ長さの2本のスリングで固定分散にしたが、これが残置のスリングよりほんのわずか短かったようで、結果的に残置の流動分散でなく追加した固定分散のスリングに荷重がかかったようだ。トップでI西が懸垂下降の後、K野下降時にやはりテンションをかけた瞬間にピトンが1個飛んだ。しかし、固定分散であったので衝撃荷重はほとんどかからずもう1個のピトンが残り最悪の結果は免れた。V字状の固定分散で下降ラインが若干中央からずれたため1個のピトンに荷重が集中し抜けたものと思われる。固定分散ゆえにピトンが飛び、固定分散ゆえに残った、固定分散の特徴が明確に現れた実例であるが大事に至らず何よりであった(もっともここも完全にテンションをかけるのは2mもないほどで、下はやはり緩傾斜ではある)。2度もピトンが飛んだことと岩の脆さで神経は磨り減り気持ちは折れそうだがったが、さらにも下降を続けとうとう雪渓まで降りてしまった。周囲を捜してもフィクスロープは見えない。しかもその下は急激に切れている。7月後半にb沢上部に雪渓が残るという話は知らなかったのでクランポンもアックスも持っていないので、そこからは懸垂下降を繰り返して下るしかないのだが、この岩にピトンが効くのかはなはだ疑問である。とりあえず皆に降りてくるように言って、右岸の緩傾斜帯にトラバースしてもう一度周囲を見渡すと、支点らしきものが左岸の岩場に見えた。さらに目を凝らすとそこからフィクスロープが雪渓まで降りていた。そこまで約30m。雪渓がそこまで消えるのにあと1週間ぐらいだろうか、今年我々は少し早く来すぎたようだ。敗退を決め、b沢からの脱出に転じた。下りの際に浮いた石をかなり落としたので、登りは割と楽なはずだ。(ここまでima)DSCN0731DSCN0718

と、いろいろな事があったb沢下降でした。結局、滝谷クラック尾根登攀は、b沢下降にかなり時間がかかり、その後の時間の事とかを考えて敗退になってしまったが、「鳥も通わぬ谷」と呼ばれている滝谷へ1歩足を踏み入れたことは、私にとってとてもいい経験になった。撤退を決めた後は、このガレ場の登り返しが待っている。登りは、数珠つなぎで、前の人との間隔を詰めて登って行く。ようやく、登山道が見えてホッとする。その後は、北穂高小屋で大休憩をして南稜の登山道をゆっくり降りた。
7月22日(火)テン場のごつごつした岩は快適な睡眠とは程遠かった。朝食も取らずに下山を開始する。途中、屏風岩の岩壁を見ながら、いつかは登りたいなと思っていたら、突然、轟音と共に岩が崩れ落ちて行った。「ひえ~~。怖い怖い」とI井さんと口にしながらだらだらと歩き続けるのだった。先行するI西さんとO方さんと徳沢園で別れ、I井さんと、肩に食い込むザックの重さに耐えながらようやく上高地に到着した。この4日間本当にI井さんにはお世話になりっぱなしだった。そして、滝谷のほんの入り口だけど見せてくれたI西さんありがとう。O方さん、次回の登攀も楽しみです。3日目の滝谷の登攀がなくても、ヘロヘロだった。バリエーションは、1に体力2に体力3に体力だとつくづく思った山行でした。(kano)

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